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2009年10月26日 (月)

7700系日本ライン号

M7700_3

『日本ライン』号と言えば『明治村』号や『犬山』号との2階建てが有名ですが、単独運用もありました。

写真は7700系を使用していますね。撮影位置から、多分4両編成だろうと思います。行先も御嵩になっていますので、鬼岩方面への連絡特急の使命も兼ねていたものと思います。既にモータリゼーションだ何だカンダと言われてはいましたが、まだ鉄道が観光輸送の主役を担っていた時代ですね。

名鉄の場合、日中も含めてこうした定期特急がラウンドで設定されていますので、通常の常滑・河和線特急は6連ですが、旅客の少ない時間帯にはこうして減車していたようですね。とはいっても、この当時は2両編成で本線を走る特急はなかったと思います。それにしても、今やワンマン車が細々走っている路線に、特急が1時間に1本あったなんて、若い人には考えられないでしょうね。

撮影当時、7700系は車齢十年に満たない新車の部類(通勤車を除けば7000系8次車の次に若い車両)に入っており、いわゆる『赤モケ』仕様の『座席指定用車両』でしたので、特急中心の運用が設定されていました。

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コメント

こんばんは。
昔々には、御嵩、八百津にも特急が走っていましたね。引退直前に復活した「鬼岩」号が走っていたのも覚えています。
廃線になったといえば、西中金経由で香嵐渓に行ったときの帰りが、7700系2連の臨時電車だったことがありました。
昔は名鉄沿線のどの観光地も電車で訪れる人が多かったんでしょうね。

投稿: 中京 | 2010年2月28日 (日) 00:18

コメント有難うございます。
昭和50年代は、まだまだ名鉄沿線の観光地に『集客力』が十分残っていた時代ですね。私の場合、実家が名鉄沿線からは離れていましたので、どこへ行くにも自家用車メインでしたが、余程の事がない限り、観光地への道も渋滞はしていませんでした。

投稿: AoNamazu | 2010年2月28日 (日) 08:20

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