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2011年7月16日 (土)

新名古屋の北アルプス号

D8000 休日運行を続けましょう。ちょっとネタ切れ気味ですみません。今回はこんな写真でご勘弁下さい。新名古屋駅もかなり様子が変わった駅の一つですが、基本構造は変えていませんので、今もこの当時の面影を探ることは可能ですね。

さて、この頃の『北アルプス』号はまだ本物の『北アルプス』時代。と書くと、若い方の中には疑問に思う人もあるかもしれませんね。晩年はご承知の通り高山止まり。高山では、相当ハードな行程を組まない限り中央アルプスの山々にしか行けませんので、厳密に言えば『看板に偽りあり』となっていました。

元々はこれもご存じの通り、本物の『北アルプス』連峰の表玄関である立山駅まで直通していたからこその『北アルプス』号ですね。とは言え、往年の列車名だった『たかやま』号は既に国鉄(JR)が大阪~高山間の急行に流用してしまっていましたので、仕方なく『北アルプス』号のまま、高山止まりに甘んじていましたね。ダイヤも然ることながら、こんな面でも結構冷遇されていた、などと言うのは少々大人気ないかもしれませんが…。

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コメント

Aonamazuさん、こんばんは。
この頃は高山線も「のりくら」が多く時間帯も設備も格段に良かった「北アルプス」もお客さんが多く乗っていましたね。
晩年の冷遇ぶりは本当にかわいそうでした。

投稿: 中京 | 2011年7月17日 (日) 20:54

中京さん、こんにちは。
連日のコメントを有難うございます。

『のりくら』は夜行も含めて高山線の『主役』でしたね。まだこの当時は非冷房車も普通に急行仕業をこなしていましたから、『北アルプス』も特急としての輝きを保っていましたね。

転機は『ひだ』の代役として富山直通を復活した辺りでしょうか。当時でも8000系は20年選手になっていましたから、この時に8500系への置き換えを行って、国鉄の希望通り『金沢直通』を行っていたならば、また違った展開があったのでは?などと夢想してしまいますが、こればっかりは何とも言えない所でしょうか。
(車両性能的には中途半端な代物になった可能性もありますね)

投稿: AoNamazu | 2011年7月18日 (月) 07:53

懐かしい写真ですね。
新名古屋で8000系が通るのは北アルプス号と夕方の弥富行き座席指定としてだったかと記憶してます。パノラマホンを流しながらアレが出て行った後は煙たかった。車内の想い出は窓に7000系と同じピラーが付いていた事くらいですかね。

投稿: うなぎ | 2014年4月26日 (土) 09:26

うなぎさん、こんにちは。
初めましてでしょうか?

お返事が遅れまして失礼しました。
この頃は専ら放置ですので、コメントもチェックしておりませんでした。申し訳ありませんでした。

かつての新名古屋駅は、この8000系列車が通っていたために、天井のみならずかなり『煤けた』感じでしたね。
発車直後は『油煙』に咽ぶ感じも、今となっては懐かしい限りですね。

投稿: AoNamazu | 2014年5月20日 (火) 07:27

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