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2012年7月の4件の記事

2012年7月29日 (日)

2320形谷汲ダラ

C2327_2先週は『突発休』となってしましましたので、2週間ぶりの再開です。それにしても暑い日々が続きますね。その昔よりは涼しさもあまり感じなくなったような気がしますが、それでも、谷汲まで来ると『風』が変わりますね。
谷汲駅は今も保存車両とともにそのままありますものの、生気が失せた感じは否めませんね。何も無くなってしまうよりはいいんですが…。

晩年は750形の単行が往き来していた谷汲線ですが、当時はまだ単行は殆どなく、700形も750形もこの2320形を連結した2両編成が基本でした。ただ、相方は決まっているような決まっていないような感じだったと記憶しています。検査などは1両単位で入ることもありましたから、その関係もあったのかも知れません。

2320形はご承知の通り、旧愛電の『電7型』3200形の電装解除したものですね。そしてその電装品は、これまたご承知のように、3700系に転用されています。晩年は完全なローカル運用だったのですが、その『面構え』には往年の風格がまだ残っていますね。2320形になって以降、それぞれ若干改造されたりもしましたので、それこそこの2327号のような差異は1両毎にありました。

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2012年7月15日 (日)

3880系弥富ダラ

M3889週一運行の再開です。今回はこんな写真を選んでみました。この車両は結構『有名』でしたから、若い方でもご存知の方が多いのではないでしょうか。こうやって見ると、すっかり『名鉄』の中に溶け込んでしまっていますね。元々運輸省規格A’型の『よしみ』で名鉄の車両デザインとは親和性が高い車両でもありましたが。

まさか東急車が、こんな感じで名鉄線内を縦横無尽に走り回る姿は、昭和50年までは誰も想像すらしていなかったでしょうね。何せ、名鉄のオファーに一番驚いたのが東急本社(担当者)だったようですから。特に、モ3880形の方は貫通扉がそのままでしたのでそれほど違和感がなかったのですが、ク2880形の方は貫通扉を塞いで『3連窓』に改造されていましたから、旧型車ながら新鮮な感じがしました。

この3880系は2M1Tでしたから、このような『ダラ運用』には持って来いですね。導入(移籍)当初は『特急』(今でいう全車一般車特急)などの高速運用にも充当されていましたが、名鉄のAL車と違って『弱め界磁』が撤去されてしまっていたため、名鉄のような旧型車でも100km/h超で設定された高速ダイヤには耐えられず、いわゆる『1次車』(初期導入車)は寿命(特に駆動系)を擦り減らしてしまったようですね。

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2012年7月 8日 (日)

犬山検車の白帯車

M7000週一運行を再開致しましょう。このところ『他社』関係が続いていましたから、再び今回は名鉄に戻って、こんな写真を選んでみました。
近代的な設備の犬山検車で撮ったものですが、こうやって見ると、同じ7000系でも結構違って見えるものですね。新川でも当然のことながら『白帯』を見ていますが、何となく野暮ったい感じがしましたっけ…。

そもそも、犬山検車は『新川工場』の置換えを目的として建設されましたね。元々名鉄は工場・車庫が少ない(絶対数が足りない)ので有名な会社ですが、今考えると、よくそれで回っていたものですね。車両は『駅寝』が常態化していたものの、何とか『あぶれる』ことはなかったのですが、検査は『待ったなし』でしたから、大手でも車両数は少ない方とは言え、犬山検車が出来る前までは結構タイトなスケジュールだったのではないかと思います。AL車・HL車など結構『手かず』の掛かる厄介者も多かったですし…。

さて、この写真は犬山検車が出来て間もないころのものですから、この頃では『白帯』も『特急専用車』ではなくなっていた時代ですね。『逆さ富士』(小富士)の種別部分も再改造されて、元のブック式に戻っています。如何せん車番は控えていませんので不明ながら、クーラー(室外機)を見れば7次車だとお分かり頂けるかと思います。この頃になると一通りは『白帯車』が出回っていましたから、犬山特急など定期特急は基本的に白帯車のみで運行されていましたね。

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2012年7月 1日 (日)

クモハ54形と80系

5480週一運行の再開です。今回もちょっと趣向を変えてこんな写真を選んでみました。旧国は何分『門外漢』なんですが、飯田線の旧国たちはそれでも魅力的でした。当時は名前も何も分からずに撮っていますので、貴重かどうかの判断も付かないままで  したが、今見ても『味』を感じさせる車両たちですね。

隣に写っている80系も、言うなれば『旧国』の範疇に入るのでしょうが、雑多な『旧国』を置き換えるために、東海道線系統から転属してきたものですね。半鋼製車体が殆どの旧国に比べれば、全金製の80系は十分に『近代的』に見えました。面白味は、確かに薄まっていしまったきらいはありますが…。(80系に完全置き換え後の写真がないことからも、それが分かります)

さて、80系の隣の『旧国』はどうやらクモハ54形のようですね。今ではネットで検索を掛ければそれなりに資料が出てきますので、何とか分かった次第です。確か『半流』と呼ばれていた形式ではないでしょうか。この辺は『門外漢』の悲しさで詳細は不明ながらも、何とも言えない『雰囲気』を持った車両ですね。基本は国鉄嫌いだった私も、飯田線を走っていた『旧国』だけは惹かれるものがありました。

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