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2012年9月の5件の記事

2012年9月30日 (日)

手動扉の750形

M0752_2週一運行の再開です。今回はこんな写真を選んでみました。これだけで何処か判った方は『揖斐線通』ですね。車両とは似つかわしくないほど近代的なホームはここだけでしたから、その点に注目すると答えが出てくるかと思います。ちなみに、今では『遺構』を探すのも一苦労になっています。
この駅ではホームの端から先頭車が撮れなかったためにこんな写真になったのですが、何が幸いするか分かりませんね。(ちょっと大袈裟ですが…)

さて、何でこんな中途半端な写真をご紹介するかと言えば、ちょっと分かり難いかも知れませんが、扉付近をご注目下さい。晩年と変わった点がお分かりでしょうか?
手前の方が大きく映っていますが、ピントは中央扉に合っていますからそちらの方が分かり易いかも知れませんね。扉に取っ手と鍵が付いているのがお分かりでしょうか。そうです。この時代の扉はまだ『手動』のままでした。

この当時でも、瀬戸線に居た700形・750形は既に『自動扉』化していましたから、揖斐・谷汲線に居た車両は、より原型に近かったことになります。到着時は乗客が勝手に扉を開けるのですが、発車の際には車掌が全ての扉を確認し、開いている扉を閉めて、鍵も閉めて回っていました。

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2012年9月23日 (日)

往年の出札窓口

Photo週一運行の再開です。今回は今までと趣向を変えて、こんな写真を選んでみました。ここは何処か、これだけで分かった方はかなりの『名鉄通』ですね。写真を撮ったおおよその年代は殆ど書いてあるような感じですね。ヒントとしては、この窓口が使われなくなるまで、この状態から殆ど変わらなかった点と、窓口が使われなくなったのは、今から10年以内という点の2つでお考え下さい。(『使われなくなった』理由がポイントですね)

窓口の『装備』そのものは当時の出札窓口標準のものですね。名鉄の場合は駅員も1人何役も対応するのが『標準』でしたから、始終窓口に座っている例はそう多くありませんでしたね。
当時はまだまだ『硬券』が幅を利かせていた時代ですね。写真奥に写っている棚にも硬券が詰まっているように見えますが、これは多分ストックか、他駅の補充管理用か何かのようですね。

それにしても、まだまだオンライン発券が珍しい時代に、全日空の航空券がこんな地方の駅でも購入可能だったとは、かなりのサービスレベルですね。筆頭株主の座は東急に奪われた名鉄ですが、名古屋地方の総代理店の座は一貫して維持していましたので可能だったのでしょうね。漸く『航空便』利用が一般化してきた時代とはいえ、まだまだ飛行機は『贅沢』な乗り物でしたので、実際どの程度の『発券実績』があったのかは甚だ疑問ですが…。

さて、駅名はお分かりでしょうか?
ヒントでおおよその見当が付いた方も多いと思います。『使われなくなった』理由はこの駅が路線共々廃止になってしまったからですね。廃止は平成17年3月、と言えば半数以上の方が。更に、今でも駅舎が残る、と言えばもう殆どお分かりですね。そう、黒野駅です。
当時は喫茶店も駅舎の一角に入って、それなりに乗降客もあったのですが、駅が廃止されて以降は、周辺の街並みまで一挙に寂れてしまった感じですね。

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2012年9月16日 (日)

登場当時の6500系【御礼65000count突破】

M6501休日運行を再開致しましょうと思いましたら、お陰様で65000count突破と相成りましたので、お礼に『お約束』(?)の6500系を選んでみました。そう言えば6500系は当ブログ初登場ですね。ちょっとうるさい写真ですが、登場時の白色塗り分けが一番分かり易い写真ですので、何卒ご了承下さい。

6500系は、本線系『高速』が運行できる通勤車として登場した系列ですね。6000系は最高速度が100km/hに抑えられていたため、何かとダイヤの制約がキツかったために、7000系など他のSR車と同等の『走り』ができる6000系として登場しましたね。
椅子も、悪評高かった6000系の『1.5人掛け』よりひと回り大きくなって『1.8人掛け』となり、妻面のデコラには『木目調』を採用するなど、多少なりとも車内に『高級感』を出そうとの試みもみられた車両ですね。

また、6500系は非冷房SR車の5000系・5200系を本線系運用から引退させる目的もあって登場していますね。この2年後には5300系として生まれ変わって、こちらは『高速』運用に特化した車両として再登場しています。
また、この6500系は名鉄初の『チョッパ制御』車でもありますね。大手私鉄では最後の導入ですが、その分、当時の最先端技術であったGTO素子を使った初の鉄道車両でもあります。

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2012年9月 9日 (日)

【700回記念】往年の黒野駅、遠景

Photo週一運行を再開致しましょう。今回も前回に引き続いて、こんな写真を選んでみました。丁度、前回の写真の反対側から撮った感じですね。770系がちらっと写っていることからお分かりの通り、前回の写真から7年くらいの時を経ています。

黒野駅は一般には2面3線の駅として認識されていますが、揖斐線の黒野~本揖斐折り返しが入っていた1番線の、その奥にもホームが見えていますね。私が黒野駅へ通うようになった時には使われなくなって結構久しい感じでしたので、恐らく、開業後そう経たない頃から既に使われなくなったように思います。

画面奥に見える750形は『ワンマン』仕様になっていますね。確か、770形導入と同時に大々的なダイヤの見直しと合理化が行われ、その時から基本的に市内線直通は黒野止まりとして、揖斐線末端区間と谷汲線が『系統分割』されたはずで、谷汲線は基本ダイヤが1時間に1本へと減らされています。
この頃から『全線廃止』まで基本的な変化は少ないですね。つまり、770形導入時点で名鉄の『打つ手』がほぼ尽きてしまったことを示していることにもなります。

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2012年9月 2日 (日)

700形黒野ダラ

M0703週一運行の再開です。9月に入っても、まだまだ暑い日が続きますね。という訳で、今回はこんな写真を選んでみました。この写真で、少しでも涼を感じて頂ければ幸いです。

ここは、今までに何度となく出していますのでお分かりですね。黒野駅の3番ホームだけはこのように車両交換を行うためもあって、中型車ながら4両が直列に停車できるようになっていました。
これは定期の車両交換だったのか、雪によるものだったのかは不明ですが、旗の前(写真では撮影側)には2両編成が停車しており、列車は谷汲から直接到着したものですが、場内の『入換信号』に従ってホームへ進入していることになります。

谷汲の『雪』も有名ですが、その手前の黒野でも雪の量は減るものの、結構しっかりと積ることも珍しくありませんでしたので、谷汲線だけに限らず、冬季は揖斐線の維持も結構大変だったことが想像できました。
横に写っている750形(多分755号)は『ラッセル仕様』になっていますね。最晩年には定期列車にもそのまま入っていましたが、当時は確か、そのままの格好で営業列車には入れていなかったと記憶しています。

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