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2012年10月の4件の記事

2012年10月28日 (日)

デキ600とデキ300

Dk604dk302ネタ切れ気味ですが、週一運行を再開致しましょう。今回はこんな写真でご勘弁下さい。ここは何処かは大体お分かりですね。当時はまだ貨物輸送が細々ながら『現役』の時代でほぼ常駐していましたから、ここに行けばデキが寝ているのが普通でした。

名鉄の場合、デキの『重連』は滅多に行いませんね。確か、7500系の廃車回送時に、神宮前の坂を押し上げるためにデキ600の『重連』を使ったくらいだったと思います。
この写真ではまるで『重連』で運用していたように見えますが、運用では多分『プッシュプル』(貨車の両端に連結)する形ではないかと思います。(名鉄のデキは『総括制御』ができませんから…)

半分しか写っていませんのでちょっと分かりにくいのですが、ちなみにデキ300の方は初期ロット(日車製・オリジナル)のデキ302ですね。このデキ300は初期(301・302号)と後期(三菱製303~305号)に、最後は注文流れ車(同306号)と3タイプに分かれますね。初期車と後期車では全く『別物』のような感じだったのですが、後期車と『注文流れ』はそれほど違和感は感じませんでした。

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2012年10月21日 (日)

東急8500系急行渋谷行き

8500週一運行を再開致しましょう。今回も『銀色』ついでにこんな写真を選んでみました。(画像の不鮮明さはご了承下さい)
ここは何処かは、かなりの『有名地』ですから若い人でもお分かりでしょうね。大都会の真ん中の廃線跡は、今でもこのまま残っているようですね。

さて、東急も基本的には『門外漢』ですから、詳しい解説はできませんので、予めご了承下さい。
この8500系は確か、田園都市線の新玉川線直通用に造られたものですね。てっきり『専用車』だとばかり思っていましたが、当時の東横線にも何本かは走っていたのですね。東横線は8000系の独壇場だとばかり思っていましたので、ネガをスキャンした時には不鮮明さも手伝って、まさか8500系が写っているとは思っていませんでした。

桜木町もそうですが、今度は渋谷が創業以来の場所から移動することになりますね。副都心線と乗入れて、もう一つの壮大な乗り入れが始まりますね。東急線内で東武車両を見るのは(その逆も)実に奇異に感じましたが、今度は、それに西武まで加わり、訓練運転のために、東急車があの西武線を既に走っているようですね。
五島慶太・堤康次郎の両氏が生きていたなら絶対に実現しなかったであろうことが、もう『秒読み』になってきています。東横線渋谷駅を中心とした『再開発』も併せて行われるようですから、数年後にはまさに見違えるような感じになるのでしょうね、きっと。

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2012年10月14日 (日)

相鉄6000系急行横浜行き

6021週一運行を再開致しましょう。今回は名鉄から離れてちょっと変わったところをご紹介しましょう。ここはそこそこ知られた所ですので、大方お分かりだろうと思います。とは言え、こんな感じのアングルは車内からでなければ、まず撮影はできませんね。

さて、相鉄も基本的には門外漢なので詳細な解説はできませんが、この車両は有名な『1点もの』ですね。偶々停車していましたので、慌てて撮影した次第です。
当時はまだまだ『銀色』電車は珍しい時代。大量に保有していたのはステンレスの老舗である東急と、ステンレス・アルミとも保有していた営団地下鉄(現在の東京メトロ)位で、他社はごく少数の試作車を持つに過ぎませんでした。

そう言えば、まだ当時の相鉄は山陽電鉄などと同様に『準大手』と呼ばれていましたっけ。首都圏内の『大手』としては唯一東京へ向かわない鉄道会社でもありますね。
それと同時に不思議に思ったのは、この海老名に直通する列車が全て『急行』である点ですね。そのダイヤは今でも踏襲されていますが、それが何となく、豊橋にダラ(各停)が発着しない名鉄に通じているように思われて、親近感を感じていたものでした…。

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2012年10月 7日 (日)

5200系半田ダラ

M5200週一運行の再開です。今回は今までと趣向を変えて、SR車を選んでみました。ここは何処か、お分かりの方も多いかも知れませんね。現在でも殆ど変わっていないようですから。
そう言えば、構内踏切もそのままではなかったでしょうか。当時は順次跨線橋を設置していた頃ですが、それでもまだまだ名鉄線内には構内踏切が多数残っていましたね。今となっては、もうここ位でしょうか。(最新情報には疎いもので…)

この当時は支線区の優等列車を次々になくして『ダラ』に変更していた頃ですね。とは言え、写真に写っている『半田ダラ』は、本線直通の列車としては珍しく『ダラ』のまま終着駅まで運行していたはずです。一昔前まではこのような列車はAL車の独壇場だったのですが、6000系が優等運用に進出した影響で、非冷房SR車は徐々にその『代替』に回されています。

さて、写真の駅はお分かりでしょうか。この区間は尾西線とは言っても、殆ど『津島線』の一部と化していましたね。と、書けば大方お分かりかと思います。今以て当駅始発の列車も多数運行され、少し前までは特急の始発駅でもありましたね。この列車は弥富から来たようですから、と言えばもう完全にお分かりですね。
そう言えば、最晩年のP車も結構、弥富発着の列車に使われていたようですから、そう考えると車両運用の基本的な考え方は、この当時から殆ど変わっていないことになりそうですね。

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