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2012年11月11日 (日)

3700系土居下準急

Hl3708週一運行の再開です。今回も600V時代の瀬戸線をご紹介致しましょう。そう言えば、瀬戸線も4000系の増備がかなり進んだようですね。この写真の頃の面影も段々となくなって、もう数年すると銀一色の『純通勤路線』と化すのでしょうね。
(今でも完全な『通勤路線』ですが)

当時も一応は『通勤路線』だったのですが、それよりも瀬戸~名古屋の『都市間連絡』の方が重視されていた感じですね。ですから、当時の急行(S52年以前の『特急』)は大曽根を出ると三郷のみに停車して、ひたすら瀬戸を目指す感じで走っていました。
(とは言え、所要時間は現在と変わらない程度でした…)

写真の3700系は当時の瀬戸線では『最新鋭』車両と処遇されていましたが、実は、他車(900形・700形など)はいわゆる『AL制御車』だったのですが、この3700系のみHL制御のままでした。もともと900形はHL制御車で、この3700系に制御器を譲っているのですが、巡りあわせとは面白いものですね。

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コメント

AoNamazuさん、こんばんは。
今でこそ瀬戸線の準急は市民権を得ていますが、この頃も走っていたとは知りませんでした。
恐らく、今の準急とは停車駅が違うでしょうね。
特急が大曽根と三郷のみの停車だったので、ひと世代前の急行と同じような停車駅だったのでは?と思っています。

投稿: 中京 | 2012年11月12日 (月) 21:00

中京さん、こんばんは。
毎度、お返事が遅れましてすみません。

本数はかなり少なかった(平日の朝夕ラッシュ時のみと記憶)のですが、一応、種別はありました。
休日には確か、設定がなかったはずですので、実際の運用では私も見ていません。(早朝・深夜はあったのかも知れませんが…)

多分、この写真の車両も、明朝(月曜日)の朝ラッシュに出掛ける準備をして留置してあったものではないかと思います。

停車駅はうろ覚えですが、急行(特急)停車駅に瓢箪山・喜多山・旭前・新瀬戸・瀬戸市役所前が追加だったはずです。
(大森は記憶が曖昧で、小幡は入っていなかったはずです)

投稿: AoNamazu | 2012年11月14日 (水) 19:49

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