« 2012年12月 | トップページ

2013年4月の1件の記事

2013年4月21日 (日)

【御礼80000count突破】8000系『北アルプス』号

D80001今年最初の運行が4月下旬と随分長い『運休』となりまして、失礼致しました。にも拘らず、変わらぬご愛顧を頂きまして、お陰様で80000count突破を迎えることができました。
御礼方々、運行を再開致します。(とは言え、今後の『運行予定』は未定ですが…) さて、80000countと言えば、やっぱりお約束のコレですね。ここは、今もそう変わっていません(改築後)ので大方お分かりですね。P車用のオーバーハング型『停車位置表示』もまだ真新しいですね。

この8000系はご承知の通り、名鉄では当時唯一の『特急専用車』として新製された車両ですね。新造車としては、これよりもう少し後に登場の1000系まで23年間開くことになりますから、新製当時としては随分『思い切った』車両でした。豪華さに於いてはそれこそ『折り紙つき』。名鉄は勿論のこと、国鉄の『準急車両』としても破格の設備を備えたいました。
しかし、昭和も末期、登場後20年を経過した写真当時の頃には、その設備も『くたびれ』が目立ち始め、名鉄の車両事情による『狭い車内』は、日本人の急速な『体格』向上もあって『致命傷』になりつつありました。当時の国鉄82系も結構キテいましたので、それほど『格差』は感じなかったのが救いでしたが…。

国鉄末期のこの時期は、件の82系延命措置として、もともと『金沢行き』であった『ひだ』の代わりに、再び『北アルプス』が富山まで足を延ばしている頃ですね。国鉄側としては『金沢代替』を期待したようですが、如何せん8100形の調子がイマイチだったため、車両運用に『余裕』がなくなり、結局『富山打切り』で話がまとまったようです。
そんな『恩』を『仇』で返すかのように、JR化後は徹底的に『邪魔者扱い』を受けていますね。『地鉄乗り入れ』は地鉄側の『都合』(駅舎建替え)もありましたから致し方ないとしても、『高山打ち切り』の『北アルプス』号では、やっぱり締まらない感じでしたね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年12月 | トップページ