カテゴリー「h1.車体更新車・HL車-ダラ運用」の46件の記事

AL・HL車体更新車、ダラ運用関係

2012年12月30日 (日)

100系豊田市ダラと3730系碧南ダラ

M01423732今年最後の運行です。締め括りに相応しいかどうかは疑わしい限りですが、今回はこんな写真を選んでみました。
ここは、行先で十分お分かりですね。駅全体の感じは変わったものの、まだこの辺りは往時の面影を残しています。が、そろそろ太田川以上に大々的な工事が始まりそうですね。(もう始まっているのでしょうか?)

写真は、まだ『豊田新線』の開業前。100系の先行落成車が運行を始めたばかりのものです。時折、今も知立まで顔を出しているのでしょうか、最新の状況は私には不明ですが、当時は『足慣らし』として、知立~豊田市間の急行・ダラに使用していました。記憶が間違っていなければ、この時は111Fが『急行運用』に、そしてこの112Fが『ダラ運用』に入っておりました。

111Fと、最近は112Fも“VVVF化”を施したようですね。と言うことは、100系はもう少し『延命』するようですが、ステンレス車では実績のある“VVVF化”換装ですが、純鋼製車の100系をいつまで使うつもりなのか、ちょっと疑問が残る処置ですね。鶴舞線内では、特に夏場の『抵抗制御車』が不評のようですから、乗客に取っては僅かばかりでも『涼しく』なるようですが…。

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2012年11月 4日 (日)

3700系土居下特急と大曽根ダラ

M37083706週一運行を再開致しましょう。今回はこんな写真を選んでみました。ここは、今までにも何度かご紹介していますので、お分かりですね。今は僅かに『遺構』が残っているようですが、この写真に撮った辺りは当時とは逆に、ホームの終端(栄町寄り)付近になっているようですね。

当時の尾張瀬戸駅は『貨物駅』の一角に『旅客駅』がある感じでした。『せともの』関係の輸送はトラック輸送が主流に切り替わっていましたものの、まだまだこの頃はそれなりの取扱量があったようで、瀬戸~大曽根間の貨物列車も定期で設定されています。とは言え、この頃から急速に貨物の輸送量が減少して、スジは設定されていても『運休』となる日も増えていったようですね。

駅舎は現存するとは言っても特に何も使用されていないようですが、当時は2階の食堂もまだ営業中で、昭和初期を感じさせる佇まいでしたっけ。ただ、今ではそれなりに持て囃されている『昭和レトロ』ですが、当時はただ単に『過去の遺物』としか認識されていなかったせいもあって、それから程なくして『閉店』の憂き目に遭っています。今、それなりに整備して『復活』させれば、結構な人気店になることでしょうが、何せ30年以上も営業していなければ、そうおいそれと『復活』は出来ないでしょうね。

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2012年8月26日 (日)

3700系大曽根ダラ

M3706このところ更新が滞りがちですみません。今週は何とか週1運行を再開出来ました。
今回も、前回に引き続いて『瀬戸線HL』特集で参りましょう。
ここは何処か、これだけでお分かりの方は相当な『瀬戸線通』ですね。今までに出している写真の中にもヒントはありますから、過去ログをご覧になれば、多分お分かり頂けるかと思います。右側に僅かに写った貨車がキーポイントですね。

瀬戸線でHL車で使用した『系統板』(行先板)が先ごろ話題になりましたが、この板も登場はしていませんね。
そもそもHL車と言っても、今の若い人には精々最晩年の3780系位しか知らないでしょうから、この3700系の写真はさしずめ『太古の昔』になってしまいそうですが、私に取って『思い出の瀬戸線HL車』と言えば、この車両になってしまいます。栄町開業後は瀬戸線から遠ざかってしまったこともありますので…。

当時は土居下(仮)駅折り返しの関係で、ダラに限らず頻繁に『大曽根止まり』が運転されており、これもその1枚です。
堀川・大津町の『お濠区間』廃止前まではそれほどなかったように記憶していますが、名城線の全通後は大曽根乗換の乗客も増えていましたから、いわゆる『段落ち』もあっての設定でしょうね。
栄町開業後は当然のことながら、全て『栄町行き』となりましたので、大曽根止まりは消滅しています。

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2012年5月20日 (日)

3730系新一宮⇔玉ノ井ダラ

M3758何だかこのところ週一運行になってしまいましたが、休日運行を進めて参りましょう。今回はこんな写真を選んでみました。ここは、若い人でもタイトルで大体お分かりですね。今では、この当時の面影を探しても見つからない位に大変貌を遂げてしまいましたね。

もともと新一宮は2面4線の発着線を持っていたようですが、この頃には2面3線となっていました。写真をよく見ると、尾西線ホームの継ぎ足した後と、何となく不自然に突き出た本線のホームが確認できると思います。
今でこそ、JRに圧されて『閑古鳥』の鳴く一宮ですが、当時はだだっ広い国鉄ホームは人影も疎ら、と言うよりは殆ど人影もなく、ひっきりなしに到着していた名鉄のホームにはご覧のとおり乗客が絶えませんでした。

それで、少しでも本線ホームを広げるために、尾西線の片線を本線に転用して、その分、本線のホームを拡張した姿でした。それでも決して広いホームではありませんでしたから、拡張前はいかに狭かったかがお分かりだろうと思います。今も基本的には土地配分を変えていないようですが、尾西線の脇には旧『起線』ホームを転用したバス発着所もあり、新一宮の駅舎もありましたから、今では結構広いホーム(構内)になっていますね。

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2011年11月20日 (日)

3790系大江⇔東名古屋港ダラ

M3791_2週1更新すらなかなか満足に出来なくてすみません。ディジタル化在庫(スキャン済み)の写真に限って言えばほぼ一巡してしまいましたので、何も目新しいものはありませんが、今回はこんな写真を選んでみました。

築港線のヌシだった車両と言えば、この車両ですね。営業列車では築港線以外には『門外不出』の車両としても知られていました。大手私鉄が傘下とはいえ中小私鉄の、しかも廃線になった行き場のない車両を引き取ったことでも有名ですね。元々は西武の車両だったようですから、当時『犬猿の中』と何かと話題になった東急と西武の車両が全く関係ない、しかも曲がりなりにも大手私鉄の名鉄で共に働いていたことになります。
この頃の3880系は常滑線系統にもダラをはじめ結構入っていましたから、大江での『並び』も見られたことでしょうね、きっと。

そう言えば、先ほど『築港線』と書きましたが、当時はまだ『築港支線』(常滑線の枝線扱い)と呼ばれていたはず。同様に八百津線も『八百津支線』(広見線の枝線扱い)と呼ばれ、この二路線だけはなぜか、他線とは別の『半人前』扱いを受けていました。いつ頃『支線』から一人前に昇格(?)したのか私には不明ですが、この辺も云わば名鉄『七不思議』の一つですね。

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2011年10月23日 (日)

3730系国府⇔豊川ダラ【御礼45000count突破】

M3735ココログのアクセス履歴の障害で、暫くカウント数が分からなかったうちに45000count突破まで進んでおりました。お礼として適当なものをと探したのですが、毎度『拙ネタ』で失礼します。一応、車体更新車つながりで『昭和の5000系』(本物の5000系もいましたが)という事でご勘弁下さい。(本物は良いのが見つからず…)

さて、この駅はどこかお分かりですね。メインの3730系よりもその奥に小さく映った『電機』に目が行く方も、ひょっとしたら多い(国鉄・JR好きなら尚更)かも知れませんね。それであっさり分かる方も多いと思います。(門外漢ながら、確かこの『電機』は路線限定の運用ではなかったでしょうか)

当時の豊川線『機織り運用』と言えば、大方がこの3730系でしたね。東部線(本線東部)のダラと言えば通称『伊奈ダラ』こと伊奈⇔東岡崎の機織り運用ですが、これはAL2連が殆どでHL車はそんなに走っていなかったはずです。しかし、豊川線にこの運用があったため、本線に少ないながらHL運用もあったはずです。(知立辺りからでしょうか、詳細は私には不明ですが)

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2011年7月29日 (金)

7300系犬山ダラ

M7300 週末恒例の運行再開です。7300系は暫く出していなかったようですので、今回はこんな写真を選んでみました。この形式は名鉄ファンの間で『似非パノラマ』『パノラマモドキ』などと呼ばれていましたね。

ご承知の通り、外見(上部)は7000系7次車の中間車とほぼ共通の設計で、それに、7566号などと同様の運転台を付けた格好となっています。あちらは飽くまで『ピンチヒッター』との位置付けだったからでしょうか、その当時の車両としては異例の『低運転台』車として登場していますが、7300系は常時前に出るのが大前提ですから、踏切対策から自ずと『高運転台』仕様になっています。

そういえばこの頃、7300系の『SR化』の噂を聞いたことがありましたっけ。非冷房SR車は、一度更新工事を受けさせたとは言え、特に5000系の車体(台枠)は『超軽量』だったが故に結構『きている』と言われており、7300系へ機器の載せ替えを考えていたようです。名鉄がいかにもやりそうな『2つを1つ』にして作り直す発想ですね。
確かに、足回り(カルダン駆動部・制御器)はまだ使える5000系と、上回り(車体・冷房機器)は『パノラマ』級の7300系を『いいとこ取り』できれば、7700系とほぼ同様の性能(コイルばね車ですが)になりますから、何かと使い勝手はいい車両になったことでしょうね。ただ、改造費用が思ったより掛ることがネックとなって、結局この案は『幻』に終わっています。

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2011年5月29日 (日)

3770系半田ダラ

M3774 休日運行2日目を進めて参りましょう。今回はこんな写真を選んでみました。ここはどこか、すぐにお分かりの方は、かなりドップリと『名鉄沼』に浸かっている方でしょうね。斯く言う私も首まで(頭まで?)浸かっている口ですが…。
若い人だと場所は分かっても、こんなアングルから撮れたことに不思議な感じを抱くでしょうね、きっと。(今なら線路に体を埋めない限り不可能ですね)

3770系はこの写真を撮った2~3年後に、全車が瀬戸線へ転属となっていますね。いわゆるHL車の中では6編成きりと一際『小所帯』の形式で、一般的には『3730系のクロスシート版』と解説されることが多いのですが、その中身(生い立ち)を知れば知るほど訳の分からなくなる形式ですね。

3730系のクロスシート改造車(現場では3750系との『呼び名』も聞いたことがあります)との違いを一言で表すと、単に『形式(車番)が違うだけ』という事になってしまいます。まさか、登場(車体更新)当初から瀬戸線へ持っていくことなど想像もしていないでしょうから、6編成だけのミニ形式をわざわざ作って区別する必要はなかったはずなんですが、その辺がいかにも『名鉄らしい』と言う感じですね。

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2011年4月27日 (水)

3700系知立ダラ【御礼32000count突破】

M3700 『節電ダイヤ』中にも拘らず、早々に32000count突破を迎えることが出来ました。お礼と言ってはささやかですが、平日の臨時運行をさせて頂きます。
今回はこんな写真を選んでみました。ここはそこそこ有名な『撮影地』でしたから、このブログをご覧の方なら大体お分かりですね。

大々的に注目されるようになったのは廃線間近になってからでしたが、その前(この写真当時)からも当駅発着列車があった事で『知る人ぞ知る』存在の駅でした。この頃はまだ30分に1本走っていましたので、この駅で必ず上下列車の交換が行われていました。当時はHL車ながら2連運行でしたが、これから1年後位には単行の折り返し運転へ、そしてLE-Carに取って代わるのは数年後のことですね。

今は廃止されてしまった三河線の末端区間は、この頃から噂レベルながら『廃線は時間の問題』との声が聞かれていましたね。非電化路線を電化する例には事欠きませんが、電化路線の架線をわざわざ外した例といえば、名鉄の事例を参考にしたくりはら田園鉄道くらいですね。

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2011年4月23日 (土)

3730系大須ダラ

M3739 引き続き休日運行で参ります。以前にもご紹介した『大須ダラ』ですが、今回は季節外れながら、雪化粧したものを選んでみました。

当時の竹鼻線直通列車はこの4番線か3番線から殆ど出ていましたね。それは当時の3・4番線は4両まででしたから、本線の特急~急行は大体6両(以上)でしたので1・2番線から出す必要があったからですね。本線特急は4両編成でも大方はやはり1・2番線から出すことが多かったのですが、一度、4番線に豊橋特急が止まっているのを見て、ものすごく違和感を感じたことがありましたっけ。(当時の3・4番線は何となく『ローカル専用』のような雰囲気が漂っていました)

現在は1~4番線まで全て8両対応になっていますので、運用上は特に制約がないのでしょうが、今も特急や『ミュースカイ』は1・2番線から出すことが多い感じですね。3番線から特急が出るのを見ると、今もちょっと違和感を感じたりしています。(別に悪くはないんですが…)

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