カテゴリー「f.デキ・LE」の24件の記事

電気機関車・LE-Car関係

2012年10月28日 (日)

デキ600とデキ300

Dk604dk302ネタ切れ気味ですが、週一運行を再開致しましょう。今回はこんな写真でご勘弁下さい。ここは何処かは大体お分かりですね。当時はまだ貨物輸送が細々ながら『現役』の時代でほぼ常駐していましたから、ここに行けばデキが寝ているのが普通でした。

名鉄の場合、デキの『重連』は滅多に行いませんね。確か、7500系の廃車回送時に、神宮前の坂を押し上げるためにデキ600の『重連』を使ったくらいだったと思います。
この写真ではまるで『重連』で運用していたように見えますが、運用では多分『プッシュプル』(貨車の両端に連結)する形ではないかと思います。(名鉄のデキは『総括制御』ができませんから…)

半分しか写っていませんのでちょっと分かりにくいのですが、ちなみにデキ300の方は初期ロット(日車製・オリジナル)のデキ302ですね。このデキ300は初期(301・302号)と後期(三菱製303~305号)に、最後は注文流れ車(同306号)と3タイプに分かれますね。初期車と後期車では全く『別物』のような感じだったのですが、後期車と『注文流れ』はそれほど違和感は感じませんでした。

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2012年3月17日 (土)

山線のLE-Car

D00203761新ネタが入荷しましたので、土曜日も休日運行を再開致しましょう。カテゴリーに出していたのも拘わらず長らくお待たせしていましたLE-Carを、今回は選んでみました。
この駅は、今では様子が変わってしまいましたが、おおよそお分かりですね。今や『終着駅』と化して、ちょっと(かなり?)寂しくなってしまいました。

LE-Carはご承知の通り、八百津線に日本で(世界で?)初めて導入されて、閑散線区の輸送コスト削減に貢献していましたね。次に導入されたのがこの『山線』猿投~西中金間で、そして最後が『海線』ですね。
写真は20形ですね。10形がいかにも『バス』然とした感じだったのに対し、ちょっと『気動車寄り』になった感じで、まさに『相の子』でしたね。10形のイメージで20形を見ると、随分でかい感じがしましたっけ…。

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2011年7月 9日 (土)

犬山検車のデキ600

Dk60480002 休日運行を続けましょう。ここ連日梅雨明けのような日が続いていましたが、漸く関東も梅雨明け宣言が出されましたね。今まで以上に気温が上がらないか、電力事情の逼迫が懸念される戦々恐々の日々が続きそうですね。

前振りはこの辺にして、今回も『犬検』繋がりでこんな写真を選んでみました。これも前日にご紹介した写真と同じ日に撮ったものですので、まだ検査を移管して間がない新川工場辺りから何か備品でも運んできたのでしょうか、検車区の入口付近にデキとワム車が2両佇んでいました。

この様な感じで、今でも時折見掛けることがあるのかどうか私には不明ですが、この当時、かの有名な『タクトシステム』を採用して全検などを行っていた鳴海工場には、仮台車になった車両の出入りにデキは必須で、デキ370がその任に当たっていたのをよく見ましたが、新川工場や他の検車区では殆どデキを見かけませんでした。

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2011年5月 3日 (火)

大曽根駅のデキ370形

Dk375 休日ダイヤを進めて参りましょう。個人的にはデキも結構撮っているつもりだったのですが、やはり絶対数が少ないせいでしょうか、全体からすれば僅かな数しかありません。これもムリムリ撮ったような感じですが、今回はこんな写真を選んでみました。

ここは写真でお分かりですね。ちょうどこの線路の真上あたりに今の本線があるのではないでしょうか。まるで線路にまたがって撮ったかのような写真ですが、当時は歩道からこんな感じで撮ることが出来ました。当時をご存知の方なら、大曽根駅舎裏にあった側線とお分かりだと思います。

1500V昇圧時に入ったのはデキ375号だったのですが、どういう理由からか、その後比較的早くデキ378号に代わっていましたね。この写真はどちらだったのかハッキリしないものの、まだデキ375号の方だったと思います。当時は600V車両の搬出と、8月に迫った栄町開業に向けて1500V車両の増備(搬入)と、デキが手放せない状況でした。

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2011年4月 9日 (土)

『昼寝』中のデキ400

Dk402 そう言えば、デキは暫く出していませんでしたね。それで今回はこんな写真を選んでみました。車籍のみならず、塗装以外の車体外観・足回りもこの当時とほぼ同様のまま更新改造を受けて、今もなお『最古参』として在籍を続けているものの、私にはやっぱり『別物』に見えてしまいます。

名鉄では唯一の箱型デキとしても名高いデキ400形ですが、もともと愛電からの『生き残り』ですね。登場時はデキ400号・401号となっていましたが、名鉄合併後に現在の401号・402号に改番されています。何かの本にはデキ400号が402号へ改番されたと書かれてあったのを記憶していますが、手元の資料にデキ400号は401号へ、デキ401号が402号へ改番(順送り)している記述があります。名岐・愛電合併当初のことですから、今となっては真相不明ですが、ひょっとすると、書類上はそのように届け出たのかも知れませんね。

さて、ここは何処かお分かりでしょうか。駅舎やら何やら変わってはいるものの、この辺の感じは確か、今もそのままではなかったでしょうか。当時は本線豊橋方面とこの駅が直接つながる連絡線も『営業中』だったはずで…と、ここまで書けばお分かりですね、三河知立駅です。今は矢作橋が『常駐場所』となっているデキ400形ですが、当時の三河知立は、ここに行けば居る確率が高い駅の一つでした。

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2011年1月23日 (日)

大曽根駅のデキ200形とDD13型

Dk201dd13 今回はちょっと趣向を変えて、こんな写真を選んでみました。600V時代の大曽根駅では国鉄(当時)と貨物の受け渡しをしていました。

国鉄側の貨物受渡し線は非電化でしたので、ご覧のようにDD13型が牽引して大曽根駅まで貨車を持ってきていました。この時は国鉄⇒名鉄のみの貨車引渡しでしたが、同時に『受渡し』をすることもあるのか、別々のスジが設定されていたのかは私には不明です。(恐らく別スジではないかと…)

以前にデキ202号機が単独で大曽根駅まで回送されてきた写真をご紹介しましたが、その際に渡された貨車が、この写真でDD13型が牽引しているものでした。全部は写っていませんが貨車は5両程度と短かった記憶があります。
その後に、デキ201号機が連結している貨車を引き渡すとばかり思っていましたら、ご覧の通り完全に寝たまま動こうとはせず、そうこうしているうちにDD13型もどこかへ引っ込んでしまいました。

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2010年12月 8日 (水)

往年の尾張瀬戸駅

Dk200 今回はこんな写真を選んでみました(毎度脈絡がなくてすみません)。現在は丁度デキ200が停泊している辺りに駅舎があるのではないでしょうか。

当時の尾張瀬戸駅はご覧のように貨物取扱駅でしたから、旅客ホームよりも多くの面積が貨物のために割かれていました。もともと『瀬戸電』は『せともの』の積み出しと登り窯の燃料となる薪を運搬するのが主目的でしたから、当然と言えば当然ですね。

こうした路線の常として、旅客ホームは駅構内の隅にある場合が多いですね。撮影当時は生産される『せともの』の殆どがトラック輸送に切替った後でしたが、それでもご覧のように貨車が必ず数両は留置されており、時折、積荷の積み下ろしも見られました。

余談ながら、手前の尖った『物体』が気になった方もいらっしゃるのではないでしょうか?その正体はご想像の通り『逆さ富士』板で、何と予備が駅に常備されていました。通常は車体に括り付けでしょうから、簡単に取り外すことも出来ないはずなんですが、何の『備え』なのか不思議な存在でした…。

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2010年11月18日 (木)

大江に憩うデキ603とデキ400

Dk603400 もう一つデキネタを続けたいと思います。この当時、大江には大体こんな感じでデキが佇んでいる事が多かったですね。

少ないながらも、まだ貨物輸送が行われていた時代ですから、これも、その合間に待機していたところを捉えたものと思われます。名鉄ではいわゆる『機回し』のできる個所が限られていたために、大方の貨物列車がこうして両端にデキを連結した『プッシュプル』方式で運転されていました。

写真をよく見ると、このデキ600・デキ400は共に『2灯化』改造を受けていますね。AL車などの1灯式前照灯では、元の前照灯の形状のまま、いわゆる『豚鼻』式に改造されるのが普通だったのですが、デキに関してはこの様に新しい前照灯に付け替えていましたね。

そう言えば、デキ600など国鉄・私鉄各社の『東芝40t電気機関車』が16番模型で商品化されていますが、名鉄は現代も含めて3つのバージョンが用意されていますね。さすがに3つとも揃える訳にはいきませんが、買うとすればやはり1灯式時代のものでしょうか(現代の塗装は逆に馴染みがなくて…)。

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2010年11月17日 (水)

新川工場のデキ402号

Dk402 引き続きデキネタで参りましょう。ちら見せだけでは何ですから、今回は新川工場で撮ったデキ402号をご紹介しましょう。

工場(検査場)にはデキが付きもの、と今の方なら思うでしょうね。確かに、この時代も鳴海工場には入換用のデキが常駐していたと思いましたが、新川工場には常駐していませんでした。加えて、デキ400は基本的に『東部線』(旧愛電線・三河線)を根城にしていましたので、新川工場のある『西部線』(旧名岐線)にやって来ることはそんなになかったと記憶しています。

ではなぜ、デキ400が居たのか真相は私には不明ですが、多分、交番・月番などの検査で新川へ来ていたのではないかと思われます。鳴海工場は重検以上の『重整備』しか担当していませんので、新川工場で『軽整備』を受けていたものと推測されます。
余談ながら、ここに居るということは当然『新名古屋』を通過してきていますね。地下ホームで見るデキ400はさぞや迫力満点でしょうね。(これは今でも機会がありそうですね)

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2010年11月16日 (火)

神宮前で寛ぐデキたち

Dk400x2300 デキは久しく出していませんでしたので、今回はこんな写真を選んでみました。方向別に改修される前の神宮前ですね。

駅ホームの手前(名古屋寄り)にはこのように貨物用の側線が並んでいて、時間帯によってはデキも数両たむろ(?)していました。複々線化された現在は、本線も含めて完全に引き直されてしまって、当時の面影を探すのにも一苦労しますね。これよりもう少し時代を遡れば、日車の本社工場への側線もこの辺りから延びていたはずです。

この時はご覧の通りデキ400が2両とも並んでおり、当時としてはかなり珍しい(少なくとも私に取っては)光景だったので慌てて車内から撮ったものです。横に並んでいるのはちょっと分かりにくいのですが、確かデキ300だったと思います。余談ながら、乗車中の車両はどうやら7300系のようですね(貫通扉の窓からそれと分かりますね)。

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