カテゴリー「h2.車体更新車・HL車-優等・その他」の34件の記事

同上、急行・準急運用その他関係

2012年12月23日 (日)

犬山検車の7300系

M7300週1運行を再開致しましょう。7300系も暫く出していませんでしたので、今回はこんな写真を選んでみました。ここは現役施設ですから、皆さんお分かりですね。まるで警報中の踏切内撮影に見えますが、本線のポイントをご覧いただければお分かりのように、検車場内を入換中の車両です。

7300系は、若い人では7000系列に『含まれる』ようですが、私の感覚では『含まれない』(除外車両)となります。確かに、車体こそ7000系7次車そのもの、ミュージックホーンも付いていたものの、所詮はやっぱり『AL車』の仲間として扱っていました。
保有車両全車の『パノラマ化』を意図したために計画された7300系ですが、そもそも中途半端(企画倒れ)な感じでしたね。

さて、写真は確か4両口だったと思います。他のAL(OR)車と同様にMcTMTcの動力配置で、台車も当初は種車(3800系)流用品のD-18、後にM台車は『FS-36』に換装していますね。3880系が廃車になった後は、確かKS台車に履き替えたのではなかったでしょうか。名鉄の特徴の一つに、この頻繁な『台車の履き替え』がありますね。最後の最後まで『使い倒す』名鉄の面目躍如と言った所ですが。(だから、名鉄の廃車は中古市場で人気がないのでしょうが…)

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2012年11月11日 (日)

3700系土居下準急

Hl3708週一運行の再開です。今回も600V時代の瀬戸線をご紹介致しましょう。そう言えば、瀬戸線も4000系の増備がかなり進んだようですね。この写真の頃の面影も段々となくなって、もう数年すると銀一色の『純通勤路線』と化すのでしょうね。
(今でも完全な『通勤路線』ですが)

当時も一応は『通勤路線』だったのですが、それよりも瀬戸~名古屋の『都市間連絡』の方が重視されていた感じですね。ですから、当時の急行(S52年以前の『特急』)は大曽根を出ると三郷のみに停車して、ひたすら瀬戸を目指す感じで走っていました。
(とは言え、所要時間は現在と変わらない程度でした…)

写真の3700系は当時の瀬戸線では『最新鋭』車両と処遇されていましたが、実は、他車(900形・700形など)はいわゆる『AL制御車』だったのですが、この3700系のみHL制御のままでした。もともと900形はHL制御車で、この3700系に制御器を譲っているのですが、巡りあわせとは面白いものですね。

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2012年11月 4日 (日)

3700系土居下特急と大曽根ダラ

M37083706週一運行を再開致しましょう。今回はこんな写真を選んでみました。ここは、今までにも何度かご紹介していますので、お分かりですね。今は僅かに『遺構』が残っているようですが、この写真に撮った辺りは当時とは逆に、ホームの終端(栄町寄り)付近になっているようですね。

当時の尾張瀬戸駅は『貨物駅』の一角に『旅客駅』がある感じでした。『せともの』関係の輸送はトラック輸送が主流に切り替わっていましたものの、まだまだこの頃はそれなりの取扱量があったようで、瀬戸~大曽根間の貨物列車も定期で設定されています。とは言え、この頃から急速に貨物の輸送量が減少して、スジは設定されていても『運休』となる日も増えていったようですね。

駅舎は現存するとは言っても特に何も使用されていないようですが、当時は2階の食堂もまだ営業中で、昭和初期を感じさせる佇まいでしたっけ。ただ、今ではそれなりに持て囃されている『昭和レトロ』ですが、当時はただ単に『過去の遺物』としか認識されていなかったせいもあって、それから程なくして『閉店』の憂き目に遭っています。今、それなりに整備して『復活』させれば、結構な人気店になることでしょうが、何せ30年以上も営業していなければ、そうおいそれと『復活』は出来ないでしょうね。

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2012年8月19日 (日)

3780系瀬戸急行

Hl37903何だか週一運行も不定期になりがちですみません。2週間ぶりの運行再開です。
期日限定で瀬戸線に『系統板』が復活したようですね。聞くところによると、この『瀬戸』板は『尾張瀬戸』表記になっている由。そう言えばS56年頃から始まった『フル表記』は瀬戸線まで波及せずにいましたので、ある意味『尾張瀬戸』板は貴重なんですが…。

写真は、今までにも何度かご紹介した土居下(仮)駅で撮影したものです。ですから、当時は『瀬戸』の裏は『土居下』表記で、当然の事ながら、まだ『栄町』板は登場していません(用意はされていたのでしょうが)。当時は系統板の使用が普通でしたので、6600系など6000系列の『方向幕』の方が実に新鮮に見えましたっけ。

某写真掲示板にアップされた『復活系統板』を見ると、行先板のみで『種別板』はないようですね。系統板装備と言えば、やっぱりこの『種別板』も外せないアイテムなんですが、その辺は用意されていないようですね。今や必要はなくなったとはいえ、幕の故障に備えて瀬戸線にも1組や2組は用意されているのではないかと思うのですが、折角のイベントなのですからその辺はちょっと『詰めが甘い』ようですね。

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2012年5月13日 (日)

土居下(仮)駅の3700系瀬戸急行

C2708休日運行も『運休』がちですみません。今回はこんな写真を選んでみました。ここは、今までにも何度かご紹介していますのでお分かりですね。
土居下(仮)駅は、瀬戸線の『お濠区間』が廃止されたS51年2月から栄町開業のS53年8月まで約2年半のみ存在していましたね。飽くまで『仮駅』ですから、本当に『安普請』な感じでした。

名鉄としては当初、清水駅までで『暫定営業』するつもりだったのですが、瀬戸線で県庁・市役所への通勤者や用務客も結構あったことから、急遽、(旧)土居下駅になるべく近くまで『暫定営業』区間を伸ばして、代行バス利用をせずとも県庁・市役所へ行けるようにしたものです。
休日の日中しか見たことはありませんが、確かに少なからず代行バスには乗らずにそのまま歩いて何処かへ向かう人も多く、私が見た限りでは、代行バスの利用者は土居下での降車客の半数にも満たない(1/4~1/3くらい)感じでした。

写真は3700系ですね。600V時代でも最晩年の写真ですので、既に『赤一色』化されていますね。当時の600V車両の中にいると『大型車』に見えまね。継ぎ目のない鋼製車体も唯一であり、瀬戸線の中では十分に光って見えました。面白いもので、本線に戻されてからも同車を何度も目にしていますが、完全に他のHL車の中に埋没してしまいましたね。強いて言えば、本線系の車両よりも状態が良かった(無理をしていなかった?)ために、3700系の中では『長生き』でした。

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2011年11月27日 (日)

検車区があった頃の太田川

M34002週1仕業の運行再開です。昨日は新装なる太田川駅の内覧会が開催されたようですね。河和線からの合流ホームが上階に分かれるなど、何だか大規模な駅に生まれ変わるようですね。すっかりこの頃の面影がなくなってしまう寂しさはありますものの、それも時代の流れですね。

さて、この頃の太田川は頻繁に車両の増解結が行われており、その留置線としてもこの太田川検車区は使われていました。この時は3400系が入庫して何やらパンかグラフの周りをいろいろと検査していました。見ている限りは架線は『生き』ている様子でしたので、ちょっとドキドキして作業を見守っていたのを思い出しました。

今はメンテナンスフリー化も進んで、作業も随分と楽にはなったのでしょうが、当時は手間のかかるAL車・HL車がそれこそゴマンとあった時代。当時でさえ結構『年季』の入った車両が多かったのですから、その『お世話』は結構大変だったのだろうと思います。車両を長持ちさせるのは、それに見合った技術があったからに他なりませんが、それはいわば『卵が先か鶏が先か』と同じように、名鉄には必要だからこそ、保守技術が蓄積されたとも言えそうですね。

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2011年8月27日 (土)

3700系佐屋準急

Hl3721_2休日ダイヤを進めて参りましょう。ここは何処かお分かりでしょうか。今と若干雰囲気が違っていますので、特に若い方などは戸惑うかもしれませんが、配線(高さ)が若干変わった以外は今もこのままですね。

そう言えば、この頃の名鉄車両は何日置きに洗車しているのか私には不明ですが、この当時は新聞報道などでおおよそ半月に1度と言われていました。同時期の国鉄は4日に1回だったそうですから、名鉄車を撮るなら雨の日が良い、などと噂し合っていたこともありました。この時も雨が降ったおかげ(?)で、結構きれいな感じですね。

この3721号は3700系では唯一、新造台車を履いた車両ですね。この写真では台車までしっかりと映っていないのが残念ですが、僅かにウイングばね台車が覗いているのがお分かり頂けるでしょうか。

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2011年8月13日 (土)

3780系栄町準急

M3780今年は長期休暇の方も多いと聞きましたが、お盆の帰省ラッシュでしょうか、高速道路は前夜からかなり渋滞しているようですね。
さて、今回はこんな写真を選んでみました。『お盆特集』と言いましても、元々私の写真は現存している車両の方が少ないのですが…。

ここは何処かはお分かりですね。今では『銀色率』(?)も高くなってきているようですが、当時はもちろん、真っ赤っか。SR車は6600系の6両きりで、そして冷房車はこの3780系20両だけですね。つまり、冷房SR車は『0』でした。そして、当時の名鉄では当然と言えば当然ですが、全車がいわゆる『暖房車』とも呼ばれる『抵抗制御車』でした。ですから、夏場の栄町駅はかなり『電気暖房』が効いて(?)いましたので、それはそれは、ダイエットには最適の駅でした…。

当時もそれなりに冷房は入っていたはずですが、そんな状況が続きましたので、近年になって漸く冷房が増強されたようですね。これで『全銀』(?)化した後は、一層冷房の効きもよくなるのでしょうが、趣味的にも実に冷え冷えした駅になってしまうのでしょうね。(私に取っては、今でさえ十分にそんな感じがしていますが…^^;)

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2011年8月 7日 (日)

3700系土居下準急

M3700引き続き休日運行を続けましょう。
とは申しても、あまりいい写真が残っていませんので、今回はこんなブレブレの写真でご勘弁下さい。(その当時の雰囲気は、それなりにお伝えできるかと…^^;)

前回の続きではないですが、この写真もよく見ると不思議な編成を組んでいますね。これは、時折検査の関係で臨時に『片割れ』同士を編成したもので、車両不足を解消する目的がありました。900形と3700系はHL車同士ですから、こんなことも可能でした。って言うのは全くのデタラメですから、決して信じないで下さい。

900形のタネ車である、知多鉄道の910系は元々HL車だったのですが、この制御器は3700系列へ『供出』していますね。で、瀬戸線で再び電装する際には、確か600形(初代)の機器を使用(流用)したはずですので、曲がりなりにも『AL車』となっていました。ですから、700形・750形と総括制御は可能(実際には見ていません)でしたが、HL車である3700系とは連結不可でした。従ってこの『編成』も、昨日ご紹介した写真と同様、一時的に留置しているものと思われます。

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2011年7月17日 (日)

3780系栄町準急

Hl3780 今回はこんな写真を選んでみました。カウントネタのつもりはなかったんですが、偶々選んだら、嵌ってしまいました…。ここは比較的最近まで大きく変わらなかった所ですのでお分かりですね。

『完成予想図』はどこかに出ているのでしょうが、私は未だに見ていませんので、どの様な形になるのか不明ですが、今でもこの当時と比べれば結構変わってしまいましたね。喜多山分工場の真裏に環状2号線が通るとは思ってもいませんでしたが、それまではなかなか見ることがなかった『裏側』を開通後はじっくりと(特に踏切待ちの際に)観察できる形となっていましたね。

尾張旭への工場(検車場)移転の計画は、この当時から既に聞かされていましたので、まるで廃屋のような感じの工場建屋だったのですが、大々的に手を入れられることもなく騙し騙し、それでも21世紀(ホンの数年前)までしっかりと使っていましたね。まさか先に3780系の方がなくなるとは思ってもいませんでした…。

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